「ぼくらはカセキホリダー」から考える、緊張と緩和のデザイン
「ぼくらはカセキホリダー」というゲームをご存知でしょうか。
2つの画面とタッチ操作が斬新であるニンテンドーDSのゲームソフトであり、名前の通り化石を掘り出し、恐竜を復元して戦わすゲームです。
恐竜好きの私にとって、当時とても心惹かれたゲームです。
特にタッチペン操作をうまく使った、感覚的な化石採掘を楽しむことができるのが魅力的です。
大胆に岩を崩していく「ハンマー」と、繊細に削り取る「ドリル」、この2つの道具を使い分け、時間内に綺麗に化石を採掘します。
綺麗に削り出せば出すほど、強い恐竜を復元することができるのですが、そんなのお構いしに、とにかく美しく化石を削り出すこと自体に情熱を注ぎ、フィールドに出かけて化石を探しては、職人のように淡々と削り出していました。
それを内職のようにひたすらに繰り返す、それが楽しくて仕方ありませんでした。
それと、誤って化石に傷をつけたときの音が、黒板を引っ掻いた音に負けないくらい不快な音で、本当に悲しくなるのをやたら覚えています。
さて、この化石の削り出し作業の中で、ハンマーとドリルの他に、もう1つ行えるアクションがあります。
それが「息を吹きかける」です。
これがですねぇ、いいんですよね。
ドリルとか使っているとドンドン削りカスが溜まってきて、画面が粉まみれになって見えづらくなるんです。
リアルですね。
それにDSのマイクに息を吹きかけることで、その粉たちをブワーッと吹き飛ばすことができるのです。
それが単純に気持ちがいい。
繊細な削り作業をしている中で、一度その作業を中断し、「フーッ」って吹きかけ、そしてまた削り作業に戻る。
この「吹きかける」という行為が挟まることで、よりリアルな採掘作業になるというか、単調な作業じゃなくなるというか、心地よいテンポ感になっているというか、とにかくいいスパイスになっているんです。
まさしく「一呼吸入れる」ような。
そう、化石を傷つけないように削るという、僅かな操作感覚が必要となる地道な作業をしている中、「息を吹きかける」というのは唯一「何も気にせず思いっきりぶちかませれる行為」だったりします。
あぁ、この言い方が正しいように思いますね。
緊張した状態が続き過ぎないように、それを空気を抜くように適度に緩和する動きになっているのかもしれません。
この「息を吹きかける」という動きがあるかないかで、「カセキホリダー」の化石削り出し作業の楽しさは全然違ったのではないかと思います。
不快感の演出と、気持ち良さの作り方が本当に上手いゲームです。
どんなに楽し作業も、連続的に同じことをし続けると視野が狭くなり、眉間のシワも細まり、緊張状態になってしまいます。
そこに全く違う動きと言いますか、食での主菜・主食における汁物みたいな、そういう一度リセットするような緩和の動きがあることで、より主役を味わい尽くすことができます。
主役のことばかり見たり考えたりするだけでなく、それを補う脇役の在り方について考えることも大切である、「ぼくらはカセキホリダー」は化石堀りや恐竜の魅力以外に、そんなことを教えてくれたように思います。